Sardy's Session Report

父への手紙 5/22(パスト・ライブズ 第0話後編)

精霊よ、この手紙を親しき者へ届けたまえ。

親愛なる父マドへ

家族皆、変わり無いでしょうか。突然の手紙で驚いていることと思います。何故手紙などを書くことになったのか、まず説明をさせてください。

勿論、事の報告ということもあるのですが、今回出遭った事件に深く関わっているのです。何しろ、「手紙の精霊」と話をしたんですから。その時に、チミナージとして手紙を書くことになったのです。

少し遡って話しましょう。

わたし達はあるガルゥの女性を捜していました。ミリィという名のシャドウ・ロード族です。彼女を見付けるのは意外なほど簡単な作業でした。何しろ、自宅にいたのですから。問題は寧ろ、それから難しくなったと言えるでしょう。彼女は人間に捕われていたのです。手足を縛られ、周りを取り囲まれて。パックと相手の間に緊張が漂います。幸いミリィさんに猿轡はされておらず、我々を気遣っ てこんな言葉を送ってくれました。

お爺さんとお婆さんが仲良く、お前達を埋めることになるとはね

それ以外の物音はしませんでした。沈黙の中、わたしは考えました。相手は人間、たとえ銀の弾丸で武装していようと、一瞬で影界に入って近付き、ミリィさんだけを連れ出すのも難しくないのでは? そして、愚かにも実行に移してしまったのです。あの時ほど、入界の訓練をしておかずに後悔したことはありますまい。ガントレットと言う名の水面に飛び込んだはいいが、暫くその場に漂い、動けない。わたしが動いたせいで向こうは銃を撃ってくる。しかしわたしは入界の最中で身動きが取れない。自分の愚考を恥じる間も無い、恐れだけがわたしを支配する時間。“あの”英雄ルーク・ハインリッヒを始めとする我がパックが助けてくれなかったらそのまま銀をぶつけられ、死んでいたでしょう。こうして手紙を書いて精霊に報いられるのも、ハインリッヒさんの御陰です。

父上はハインリッヒさんのことを知っていますでしょうか? 我等がウクテナ族では多少は知られ、わたしが話したこともあるかも知れません。

わたしがルーク・ハインリッヒと出会ったのはミネソタのケルンの入口、わたしが辿り着き、ハインリッヒさんも久し振りに故郷の地を踏んだところでした。ミル=ヘルタの発見を含む、数々のクエストを終えての帰還だそうです。彼の第一印象はしかし、英雄譚とは掛け離れた、可愛いという物でした。久し振りに古里の土に触れ、旧友達と再会しては嬉しそうに微笑み、上昇した位階を称えられ 、わたしに「英雄、英雄」と囃し立てられては恥ずかし気に微笑むその姿は、親しみ易い先輩のそれでした。もっとも、その印象は、その後数日の間に何度も覆されるのですが。

その最初の一つが、何度も言うように前述のわたしの失態の時です。自ら囮となってわたしから銃口を逸らせ、入界が済んでからは逃走の指示を出す。状況を素早く的確に見て取った上での行動です。

次はその業怒を現出させた時。この話をする前に、もう一人、ミル=ヘルタの発見に携わったウォーカー族の話をした方がいいでしょう。

この銭方平太という名のラガバッシュは、グラス・ウォーカーだからなのかラガバッシュだからなのか、いえ、恐らく両方なのでしょう、とにかく奇行の多いガルゥであるように思います。

何しろ、わたしに向かって、幻視者であるわたしに向かって、「お前、本当に精霊なんて信じているのか?」と、そう言ったのですよ。それでいて既にフォスターンだというのだから、一体ウォーカー族はどうなっているのか、大いに興味をそそります。

それは、一応、置いておくとして(今度直接問い詰めようと思います)、ハインリッヒさんが怒る切っ掛けとなったことですね。それが実は、わたしには判断が付かないんです、本当に怒るべきなのかどうか。しかし、狂乱までしたのですから、きっと故あることなのでしょう。クエストパック時代からの因縁等かも知れません。

ミリィさんを捕らえた連中を一旦逃がしてしまった後、どうやら、謎の人物が、銭方に会いに来たらしいんです。そいつ等に付いて行って、そして警察沙汰になる騒動を起こしたのです。誰の力か(恐らくは有力なウォーカー族なのでしょう。矢張り興味がそそられます)そのことは人間社会では然程の問題とならなかったようですが、ハインリッヒがミリィさんを探す車中、そのことを本人から聞いた瞬間、その時に英雄ルーク・ハインリッヒの業怒が爆発しました。車は重みで壊れ、さらに引っくり返されて壊れ、銭方自身は逃げようとしましたがならず、わたしがクリノスに変身して庇っても、一撃で無力化されてしまいました。最初の戦闘後遺症がルーク・ハインリッヒによるのはいいことなのか悪いことなのか……。

一頻り発散したら一応、その場は収まりましたが、それでも顔には不満が浮かんでいました。そこへ漸くやって来たフィロドクスの間の悪いこと、不謹慎ながら少し笑ってしまいました。そうして怒りを和らげているというのは好意的解釈に過ぎるでしょうか。

しかし、その怒りの激しさも、勿論、自分の味方となれば頼もしいものです。ミリィさんが捕われている所へ行き、矢張りまた、わたしが失態を冒した時のことです……。

〔探す石の儀式〕による三角測量で彼女の捕われているマンションを突き止め、その前でどうしようか話していた時、他の人は、誰かに見付からないよう物陰に隠れていたらしいんですが、そういった警戒に疎いわたしだけが街灯の元、その姿を晒し、そして結局外に出て来たデッド・マンズ・ハンドの一人に見付かり、最初は偵察目的でそこへ行ったのも、なし崩しに戦闘に突入してしまいました。

ここでもハインリッヒさんの咄嗟の判断に救われます。見付かった瞬間に路地裏に引っ張られるのは序の口。その後彼の指示で影界から、ミリィさんとデッド・マンズ・ハンドのいる四階へと向かいました。が、彼等が呼んだのかそうではないのか、そこには三体のスクラグがいて、その対処に時間を取られました。と書くとわたしが対処したようですが、実のところそうではなく、会ったばかりで連れて来てしまったベルゼス・マクレイン、フィアナ族のガリアルドが殆どを請け負ってくれました。

このベルゼス・マクレインとの出会いも、一風変わった物でした。

会ったのはケルンと街との境界辺りで、車に向かう我々に、ベルゼスが銃を向けてきたのが始まりです。どう勘違いしたのかは分かりませんが、しばし、誤解を解く為の会話が続きました。そのうちに、ベルゼスの方がわたし達がガルゥであることに気付き、それからは話は単純、どうやら彼は、近頃ミネソタに越して来たようです。それも、ケルンのすぐ傍に。わたしから言い出すのも違う気がしましたが、とにかくおおばば様に目通りしてもらい、彼女の言によって、ベルゼスは、わたし達パックの一員となりました。

彼は変わった人で、わたしが日課の〔骨のリズム〕を奏でていると、ギターを取り出してセッションを始めるのです。確かにフィアナは騒ぐのが好き、とは聞いていましたが、まさか儀式の音に合わせて曲を奏でるとは、全く予想外でした。今思うと、突然目の前で儀式を始めたわたしに戸惑ったから、そういう行動に出たのかも知れませんね。予期しないことではありましたが、悪い気はしませんでした。半ば「仕事」と化していた小儀式に、刺激を加えてくれましたから。

そのベルゼスに助けられた影界での戦闘ですが、わたしは、足払いを掛ければかわされ、攻撃に堪えようとすれば行動不能に追い込まれるという体たらく。矢張り戦えないガルゥというのは価値が無いのでしょうか……。気絶したわたしが、ケルンで目覚め、パック仲間から話を聞いたことによると、影界では三人でスクラグ三体に応じていた時、物質界ではハインリッヒさんだけでデッド・マンズ・ハンドを相手取り、惜しくも一人逃してしまいましたが、残りを制圧してミリィさんのいる部屋へいち早く辿り着いたそうです。流石です。

彼の活躍によってミリィさんを助け出し、わたしも衛族員の〔聖母の手〕の【授け】によって意識を取り戻してから、やっと、やっと、あのミル=ヘルタを我等がパック・トーテムとして迎え、魂の繋がりを持ってルーク・ハインリッヒとパック仲間と言えるようになったのです。

自分でミル=ヘルタと話したりは一切しませんでしたが。

さて、気の進まないことではありますが、わたしの失態をもう一つ。

今迄のは戦士でも策士でもないシーアージのこと、と大目に見てもらうこともできたかも知れません。が、これから話すこのことは、そう言って逃げるわけにはいかない、幻視者の失敗です。

ミリィさんの家にてデッド・マンズ・ハンドを初めて見、ミリィさん共々逃げられた時、彼等の手掛かりを探るべく、そこにあった手紙を調べたのです。勿論、精霊を呼び、です。幸い儀式に頼らずとも精霊は力を貸してくれました。その手紙はどやらデッド・マンズ・ハンドから送られてきたらしい。そして受け取ったミリィさんは、手紙の精によると、「とうとう来てしまったか」というような気持ちでその手紙を受け取ったらしいでのです。そこから推測すべきでした。シャドウ・ロード族の彼女が諦めるほどなのだから、デッド・マンズ・ハンドは相当に手強い相手であること、それから、受け取った直後に諦めたのだから、その次にはもう対応に出ていること、対応した上で捕まる選択肢を選んだこと、を。これは、直接手紙の精霊と話をし、情報を一番はっきりと伝えられたわたしが推測すべきことでした。事実、あれほど高い機知を見せたルーク・ハインリッヒでさえ、このことには思い至らなかったのですから。

これが、今回この手紙を書く切っ掛けになったことです。精霊とうまく接触できた嬉しい想いも伴いますが、同時にパック内での幻視者としての勤めを果たせなかった悔やみも伴う、手紙は今後わたしにとってそのような物になりそうです。

それでは。父上もお体には気を付けて。家族にも宜しくお伝えください。

ガルゥとなった息子のサーディより

2003年秋、ミネソタにて

追伸。

実は、話していない重要なことが二件あります。一つは、ミネソタにおける様々なガルゥとの出会いの中、取り分け興味をそそられた緋月みなみのこと、もう一つはグレート・ウクテナの夢のことです。これらについてはまた別の機会に。