White Left Foot's Session Report

ヒダリシロの仔“滑り脚”、語りて曰く

ヒダリシロの仔、“滑り脚”が水浸しの王について語りて曰く――

かあさんがいなくなった日のことはよく覚えているよ。

たくさんの水が、僕らの寝床を襲ったんだ。でも、僕らはそのときにはもう逃げていて無事だった。かあさんがその前の日にやってきて、危ないから川から離れていなさいって言ってくれたんだ。

それがなかったら、ぼくも、妹も、無事ではいられなかっただろうね。

あの日、ぼくらは、つまりぼくと妹、それにとうさんや他の兄姉たちは、かあさんの言葉に従って、高い丘の上に逃げていた。丘の上で、太陽の沈む方向に川を見たよ。木陰から見えた水は、黄色くて、濁っていて、いやな感じがした。普通の水じゃなかった。二本足たちの住むところは、その水にやられたみたい。ずっと見ていたら、あふれた水の中から、変なのが現れた。ほら、地面を這う、うねうねして足がないやつら、いるだろう? それをもっともっと大きくして、ぐちゃぐちゃにしたやつだよ。わからない? わからないだろうね、ぼくもよくわからなかったんだ。ただ、そいつを見た瞬間、全身の毛が逆立った。とうさんは牙を剥きだして唸った。にいさんは吠えていた。ぼく? ぼくは、妹を守ろうと、頑張って四本の足を踏ん張った。ほめてくれるの? ありがとう。でも、そいつはぼくらのいるところまでは来なかった。川のそばにいた人間たちを捕まえて食べていたけれど、そのうちまた水の中に戻っていった。

ああ、それから――それから、かあさんがいなくなったんだね。

かあさんはね、そいつを追っていっちゃった。さみしかったな。うん、ぼくはあとからそう聞いただけで、かあさんが水の中に潜っていくところを見たわけじゃなかった。教えてくれたのは、アイダンってひと。かあさんの仲間だったひと。みんなはそいつを追っていったけど、アイダンだけは残ったんだって。残るひとが必要だったんだって。でも、それってさみしいね。みんな行っちゃったのに、自分だけ残されるなんて。ぼく? ぼくは平気だよ、とうさんも、妹も、にいさんも、ねえさんもいるもの。でも、さいきんちょっと妹が変なんだ。元から変わったやつだったけど、さいきんは特に変。なんだか気が立っているみたいで、いつもひとりでいるんだ。前からそういうことが多かったけど、昔はぼくだけは特別で、そういうときでもそばによっても怒らなかった。今は違うんだ。ぼくがそばに寄っても、前みたいにじゃれあったりしないで、悲しそうな顔で離れていくんだ。……妹も、とうさんも、何も言わないけど、ぼくはなんとなくわかっているよ。きっと妹はぼくらとは違うんだ。かあさんに近いんだよ。妹は、きっとかあさんみたいになるんだ。さみしいけど、仕方ないんだ。ぼくらは、きっともうすぐ離ればなれになる。そして妹は、いつか自分の本当の仲間を見つける。妹も、新しい仲間を見つけるまではさみしいだろうね。でも、きっと見つかるよ。アイダンも、ついさいきんようすを見に来てくれた。きっと、そのときが来たら、彼が連れて行くんだろうね。妹を、彼らの仲間のところに。

ぼく? ぼくは、草原を駆けるよ。太陽の光を浴びたり、霧の匂いをかいだり、みんなで狩りをしたり、あったまった岩の上に寝転がったりするよ。今日も、明日も、これからも。あなたもどう? 知らないのなら、やってみた方がいいよ。あなたが二本足の生まれでもね。だってあなたの半分は、狼なんだから。そうでしょう?